石臼研究
茶臼に学ぶ

 抹茶碾きは、かつて花柳界では客のつかない女性の仕事でした。今でも「お茶を碾く」という業界用語が残っています。ところが、約90年前の1919年(大正8年)京都府立茶業研究所が開設されて電動臼の研究が始まり、手碾とは比較にならない品質の抹茶が実現しました。
 今では大手の抹茶工場では、千台余りの石臼が、毎分50回転を超える速度で50℃の高温を保ちながら運転されています。50℃が抹茶碾の最適温度で、この時に大量の硫化メチルが発生します。
 運転を開始した臼は、通常8時間後に50℃に達しますが、それ以上に温度は上がらず、60℃に加温した臼は運転している間に温度が下がるそうです。
 抹茶のすばらしい色と香りが50℃の高温から生まれることは、蕎麦臼研究に大きな示唆を与えます。

 (詳しくは茶研研究成果「抹茶臼の温度と抹茶の品質との関係解明」を参照願います)


蕎麦と人肌

 「小さな大臼」の特技の一つは、厚さ1尺以上の上臼でなければ碾き出せない、握って固まるシットリした粉を碾けることです。シットリした粉は、そばの供給量を絞って目詰まり寸前の状態で碾き出されます。この時、臼の温度は臼の大きさに関係なく人肌に上昇します。蕎友はこの温度上昇を「シットリ熱」と名づけました。そば製粉所も、そば臼の温度管理は上限40℃を目途にしているようです。

 蕎友は2004年に、上臼6寸の手碾では、シットリした粉は極く僅かしか碾き出せないと知り、鉄塊30Kgを載せて人肌現象を作る実験をしていました。そして臼が人肌に達すると、何とも言えぬアロマの芳香が漂うことに気づきました。当時は茶臼の知識も無く、漫然と見過ごしていましたが、2007年に茶研を訪問して同所の研究成果「抹茶臼の温度と抹茶の品質との関係解明」の説明を聞いた蕎友は、茶の50℃と蕎麦の人肌は共に味の決め手になる温度との直感が走りました。蕎麦の芳香を「そばの潮吹き」と名づけ、埼玉県産業技術センターにガスクロ分析を依頼しましたが、微量のため未だ芳香物質の特定に至っておりません。何れにしても、蕎麦の人肌現象は茶臼の50℃に発生する現象と大変良く似ています。

  これらの現象から、私はそば臼の温度と味に関して次の仮説を立てました。

  @ 蕎麦製粉の最適石臼温度は人肌(35〜40℃)である。

  A 石臼温度は、蕎麦を碾く限り、どう使っても40℃以上には上がらない。

 蕎麦業界では、粉焼けを嫌わないと一人前でないような風潮があります。「玄そばに熱が加わらないよう、磨きは一回だけにしています」などと言って客に汚いそばを食わせるなど、本末転倒が横行しています。蕎友は粉焼けを嫌うそば打ちに出会うと「粉焼けすると蕎麦はどんな味になりますか」と問う癖がありますが、未だに明解な説明を聞いた例がありません。「誰も粉焼けを経験したことが無い」これは蕎友が「石臼に粉焼けなし」と信ずる根拠です。国産と偽った輸入蕎麦に有名店がころころ騙される蕎麦業界ですが、石臼の温度差については35℃の石臼碾が20℃のそれよりも美味しいと言う結果が、官能テストで確かめられましょう。
 人が食べる蕎麦を人肌の臼で碾けば、最も美味しいのが当然です。酒の燗は人肌が一番です。女性の肌も人肌です。蕎麦は人肌に触れて、心地良さにたまらず芳香を漏らしに違いありません。